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ジャーナリスト、週刊誌記者、フリーライター

『選挙の鬼』と呼ばれた男、中村喜四郎の告白…「なぜ私はあえて野党で闘うのか」

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/88523

現代ビジネス 2021年10月25日

異例の「10箇所出陣式」

茨城県猿島群境町ーー 10月19日の午前、千葉県野田市から利根川を渡ってすぐにある商業施設の一角のスペースに多くの人が集まってくる。バスも数台やって来ては人を降ろしていく。人々の目的はこの日公示された衆議院議員選挙に茨城7区から立候補している中村喜四郎の出陣式である。

颯爽と会場に現れた中村は入り口で来た人々に対して「寒いところすいません」「ありがとうございます」と声をかける。手には感染対策のためのビニール手袋をはめ、一人一人をグータッチで出迎える。

例年であれば5000人が集まる出陣式の会場だが、今年はその10分の1程度しか集まっていない。

「今回はコロナの感染対策のため、出陣式は2日間10箇所に分けての開催です。10箇所合わせれば例年と同じくらいの人は集まると思います」(後援会関係者)

その代わりに、期間中に市町村ごとで行っていた個人演説会はやらないことにしたという。コロナ禍は中村喜四郎の選挙スタイルをも変えたのだ。

「党より人」のキャッチフレーズ

中村は冒頭、今回の選挙スタイルについて説明した。

「なぜ10箇所に分けたかというと、どなたの家からも20分以内で行けるところを会場として選ばせていただきました。こういうことも、今までは候補者の都合で『たくさん集まってくれたらいいな』という思い上がった気持ちで、1箇所でやっていたわけでありますが、コロナが教えてくれたことは、『自分の都合よりも集まってもらう人に集まりやすい環境を提供することが候補者として最も大切だったんだ』と。

それすら今までわからなかった。コロナになって、そんな当たり前のことがコロナにならないとわからなかった自分の未熟さを感じながら、今回はこのような出陣式を行わせていただくことになったわけでございます」

500人ほどの聴衆だが、それでも一般の候補者からすると十分すぎる聴衆だろう。参加者の一人は「動員されている人なんていない。みんな中村さんを応援したいと思って足を運んでいる」と語る。

中村は今回の選挙戦におけるコンセプトは「コロナ対策をしっかり行いながらやる」ということだと語る。感染対策として参加者に貸し出しているフェイスシールドには以前から使っていた『党より人』のキャッチフレーズが書かれている。

「去年コロナが始まってから1年10ヶ月間に50回、選挙区をくまなく歩いてまいりました。『コロナ公共放送』。『みなさん気を付けましょう』『こういう風にやってください』ということを言って歩きました。

中には『うるさい!』と言って道の前に立ちはだかるということもありました。車を蹴っ飛ばされたこともあります。警察を呼ぶような事態になったこともあります。こういう時だからこそ政治家が出てきて、みんなが不安がっているなら自分から呼びかけるべきです」

「たった9.8%の差」をひっくり返すかどうか

中村の演説内容は多岐にわたる。

「総選挙直前に自民党総裁選をやることが公平性に欠ける」
「菅前首相は学術会議の任命拒否など問題があった」
「コロナ対策としてPCR検査を徹底すべきだった」
「千葉と静岡の知事選、3つの国政補欠選挙、横浜市長選と与野党対決で野党が勝った」
「菅政権はアフガニスタンに残された邦人を1人しか救出できなかった」
「安倍政権の公約は全部言うだけで結果は出てない」
「安倍元首相の影響力が強く、自分の意見が言えなくなっている」
……。

しっかりデータを調べて演説に盛り込むスタイルは変わっていない。

「安倍さん菅さんのこの9年間は365日のうち国会開いているのは217日しかやっていない。前の9年間は平均248日やっている。1年で31日も安倍さん菅さんは国会を開かなくなった」
「戦後35人の総理大臣が出ていますが、自分から投げ出した人は52代の総理大臣1人でありました。菅さんが99代で2人目です」
「4年前だって自民党公明党が圧倒的に勝ったと言うが、それに維新を足した票と、それ以外の野党の差は281万2600票しか違わない。これは与党が取った票の9.8%です。たった9.8%の差をひっくり返すかできるかはすべて国民の力なんです」

「手作り選挙」が大切だ

出陣式の舞台は2台並んだ10トントラック。ウィングサイドパネルが開き、そこには野党候補者のポスターや為書がびっしりと張りつめられている。

中村の出陣式といえば後援会からの為書がずらりと飾られているのが特徴だった。

前回の総選挙直後、それまでメディアの取材にはほとんど答えてこなかった中村だったが、うっかり筆者に口を開いた。その際には出陣式の際の為書についてこう語っている。

「その中に国会議員だの首長だのというのは飾らない。あえて、そういうのは否定している。手作り選挙でみんなの士気を高揚させる。既製のものは排除して、『手作り選挙』というのが私の大切なキーワードなんです」

今回はその点、全く様相を異にしている。それがこの4年間の活動を象徴しているからだ。

「与党と野党が伯仲するには立憲が185議席とれば95議席の差になる。そうなればもう勝手なことはできない。野党のことも国民も気にしないといけない。

そういう政治を作るためには自分で全国を歩こうと。1都2府1道15県132人の衆議院候補者、県知事候補者、参議院候補者を応援してきました。それがここに並んでいるポスターです」

私はなぜ野党にいくのか

テレビのキー局が2社も取材に入るなど注目度はこれまでとは比較にならない。それはこうしたこの野党での4年間の活動が話題を呼んだからだろう。

「なぜ野党にいったのかと言ったらば、私は斡旋収賄罪で逮捕されて、150日間拘置所にいって、10何年間戦って、黒羽刑務所に1年間行って、『もう中村はおしまいだ』とずーっと言われ続ける中でも皆さん方は私を応援してくれました。

『中村喜四郎はまだ投げ出していない。それなら信じて応援してやろう』と言ってくれた。私が小菅(拘置所)から境町に入った時、境町の人が窓を開けて手を振ってくれた。一生忘れません」
「しかし、この2回くらいは『あれは税金泥棒だ。何も役に立ってないのに税金だけ食ってる』ということまで言われました。私にとっては死ぬほど悔しいことでしたが、それもこれもいつかは日本のためにお役に立てる日が来るならば頑張らないといけない、いつか見てろ、と満を辞してそして考えたことは、日本再建のためには与党と野党を伯仲させるしかないということだった」

「選挙の鬼」と称されても盤石に勝ち続けてきたわけではない。これまでもギリギリの戦いを制してきた。

解散の数日前、中村に野党の支持が上がってこないことを尋ねると、「そんなことはないのではないか」と首を傾げた。だが、自身の選挙区について聞くと「それが一番わからない」と一転して苦い口調になった。それ以前にも「今まで応援してくれていた公明党も離れるし、『野党に行くなら応援しない』という人もいる」と漏らしていた。

中村喜四郎の「本音」

演説の最後にはそんな不安な心境をも隠すことはなかった。

「普通ならこんなにテレビなんか来ません。なんで来るかと言ったら、中村喜四郎が野党にいって初めての選挙です。この選挙区の町村長みんな自民党の人です。県議会議員も1人を除いてみんな自民党の方です。八方塞がりの中村喜四郎が、どう考えても万事休すと言われるような状況だと厳しく見る人はたくさんいます。実際、今月の9日に行った立憲民主党の調査だと(サンプルの)1050人の中で中村喜四郎は自民党の方に3ポイント遅れているということだった。今までも厳しいことはありましたが、最初から遅れているというのは今回が初めてです」

一方、同日行われていた自民党公認候補、永岡桂子は出陣式で公明党との繋がりをアピールした。

「昨日は公明党の石井幹事長より永岡桂子に推薦状をいただきました!選挙区は永岡桂子、そして比例は公明党と書いてください」

だが、中村陣営はすべての票が永岡に流れるとは考えていない。

「今までずっと『中村喜四郎』と書いてきたのに、全部が向こうに行くとは考えられない。それにこの地域では公明党と一緒にいる時だけ『比例は公明党』と言って、普段は『比例は自民党』と言ってます。そんなのは公明党にも見透かされてますよ」(後援会幹部)

2日で10回も1時間演説

中村の演説は1時間近くに及んだ。そして、次の会場である古河市に到着するとすぐに同じ熱量でまた1時間の演説を行った。

2日間で10回もこの1時間演説をやるというのだから驚かされる。

演説を終え、うがいをする中村喜四郎

3日目以降も最終日までのスケジュールがびっしりと組まれている。ジャンパー姿の中村がバイクに乗って選挙区中を駆け巡る。

与野党伯仲の実現を目指す「野党・中村喜四郎」に対する有権者の評価はまもなく出る。

(取材・写真 小川匡則)

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