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ジャーナリスト、週刊誌記者、フリーライター

「ドカベン」誕生にかかわった男が明かす…水島新司さんが「江川卓とキャッチボールした日」

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/91654

現代ビジネス 2022年1月23日

水島新司さんが「江川とキャッチボールしたい」と

水島新司さんが作新学院高校時代の江川卓投手と初めて出会ったのは1973年春のセンバツ高校野球大会の時だったという。

「作新学院が宿泊していた『ホテル芦屋』に水島さんがやってきて、『江川に会わせてくれ』『江川とキャッチボールがしたい』と言うんです。

水島さんは『男どアホウ甲子園』を描いていた頃で、私は認識できていたかどうかというくらいでした。それでも、あまりにも熱心だったので、近くの芦屋公園を指定して『ここで待っていてください。江川を連れてきますから』と伝えたんです」

こう語るのは当時、江川の捕手を務めていた亀岡偉民(当時は小倉姓)だ。現在は自民党の衆議院議員である。

亀岡偉民衆院議員 筆者撮影

当時は江川フィーバーで、江川に接触するのは容易ではなかった。

しかし、水島さんの気迫に、チームメートの心は動かされた。

「そこに江川を連れて行って、キャッチボールをさせました。水島さんは大感激していて、涙を流して喜んでくれました。それで、夜にはホテルの裏口からこっそり入れてあげて、ゆっくりと野球の話をしたんです」

「次はキャッチャーの漫画を描くよ」

高校1年生の頃から「怪物」として注目されながらも甲子園出場が叶ったのは3年の春だった江川。初めて甲子園の舞台に立ち、「甲子園のスター」となった江川との対面に水島さんは少年のように目を輝かせたという。

「僕には江川のことだけでなく、キャッチャーの大変さや裏話も聞いてきました。バッターからしたら、江川の球は誰よりも速く感じるんです。初速と終速がほとんど変わらないので、手元で伸びてきてスピードガンで測る以上に速く感じる。

私は高校で江川の球を受け続けたために指の毛細血管が切れてしまったほどです。それに、キャッチャーというのは一人だけグラウンドの全員を見渡してプレーをする『要』なので、特に大変なポジションです。そういう話をしていたら、水島さんは『そうだよね、キャッチャーも大変だよな』と感心していました」

憧れの江川と対面させてくれた亀岡への恩義と、その亀岡から聞いたキャッチャーのリアルな苦労話。そこで水島さんは思わぬ言葉をかけてくれた。

「次はキャッチャーの漫画を描くよ!」

そうして生まれたのがキャッチャー・山田太郎を主人公とする「ドカベン」だった。そのため「山田太郎のモデルは亀岡偉民」と言われたこともある。

水島さんの優しさとユーモア

「キャッチャーの漫画を描くきっかけになったのは私だったのかもしれませんが、モデルではないです。高校時代はもっとスマートでしたしね(笑)。山田太郎というのは水島さんなりにキャッチャー像を作り上げた結果だと思います」

亀岡がそう思うのには理由がある。

「大学時代に水島さんから呼ばれて行ったら野村克也さんと沙知代さんがいたんです。『野村さんからキャッチャーのことを聞いているんだな』と思ったものです。そういうトップ選手にも取材して描いているんだから面白いわけですよね。ただ、野村さんに限らず水島さんはいろんなプロ野球選手から話を聞いていた。野球に関することはなんでも知ろうとしていました。本当に野球が好きな方でした」

水島さんは自らプレーすることも好きだった。無類の草野球好きでもあった水島さんはよく神宮球場近くにあった草野球場で試合をしていたという。

「『50歳過ぎてから球が速くなったよ』と喜んで話してくるくらい、野球に対して純粋でした。自分ももっと野球が上手くなりたいという思いを持っていた方でした」

水島さんには野球を愛するだけでなく、優しさやユーモアも兼ね備えていた。

粋な激励

社会人野球を経て野球を引退した亀岡は政治家を志す。ところが、1990年の衆院選で初挑戦するも、4回の落選を経験する。

亀岡さんを激励する水島新司さん 亀岡偉民議員Facebookより

水島さんは野球から離れた亀岡のことも折に触れて気にかけていた。

1995年にスタートした「ドカベン プロ野球編」には水島さんが好きだったダイエーホークス(現ソフトバンクホークス)の捕手として「亀岡偉民」という選手が出てくる。

しかも「卓」という名前の亀を飼っているというキャラクターだ。

「たまには私のことを思い出して描いてくれたんだと思います。描いたからといって何か連絡があるわけでもなかったので、読んでいる人から『おい、出てるぞ!』と言われて知りました。私は代走要員として登場するんですが、亀を連れていてその亀の名前が江川の『卓』なんです(笑)。水島さんなりの私への激励だったんだと思います」

「人生にだって逆転はあるから、な」と

5度目の挑戦を控えていた2005年。落選を続ける亀岡のところまで激励にやって来た。

「うちの後援会の集会に来てくれました。その時、1枚の色紙を贈っていただきました。そこには『人生にだって逆転はあるから、な』という言葉とともに代表作の一つである『あぶさん』のホームランシーンが描いてありました」

亀岡議員Facebookより

そして、その直後に行われた総選挙で亀岡は念願の初当選を果たす。

「一番苦しい時だっただけに本当に励みになりました。その時の色紙は今でも大切に持っています」

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